この時期に特有の現実逃避回


確実に通常出勤という日常が目の前に近付いてきている現実に目を背け続けたい、連休明け前夜、管理人です。

いやぁ、この連休という奴は例えどんなに大型であったとしても、いざ始まってしまえば本当にあっという間に各区間をタスキを繋げつつ駆け抜けていってしまいますなぁ。(時事ネタ)

「もっとゆっくりしていってもよろしいのですよ?」と思わずお声をかけたくなってしまうのですが、どうにも彼は常に気が抜けない性分のようで。

まぁね、言うてもね、あと幾日か過ぎればまた週末に3連休がやって来るんですが。
さらに言うなら、世の中には今週もオラッと年休を行使して驚異の17連休という強者もいらっしゃるようです。それもう殆ど学生の冬休みレベルなんじゃ……。

ただね、最近思うのですよ…。
浜田省吾が歌う「もうひとつの土曜日」という曲に、こんな歌詞があります。

ただ週末の僅かな 彼との時を
つなぎ合わせて 君は生きてる

まぁこれは恋愛ソングなんで状況こそだいぶ違うんでしょうけど、世の勤め人の多く、いわゆる生活のために仕事をしている方々の境遇というのは、概ねこの歌詞と似たようなものなのかと。週末や連休、その他祝日、いわゆる「お休み」という日を心の支えにして、また休日明けの通常業務へ戻っていくのではないかと。

もちろん、世の中には、仕事が好きで好きで堪らない、もう月曜日が待ち遠しい!なんなら休みとか別にいらない!という仕事LOVE♥な方もきっといらっしゃるかと思います。そういう人達とはつまり、お仕事がライスワークではなくライフワークになっており、何なら既に有り余るほどの財を成していてもう働く必要がない場合でもなお自ら進んで働いてしまう、きっとそんな部類の人達なのでしょう。ある意味理想形です。

さて、その上で画面の前のあなたに質問です。
もし、今あなたの手元に例えば5億くらいのお金がポンッと入ってきたら、今の仕事は続けますか?

え?お、俺ッスか!?や、そりゃもう秒速で!与沢さん並に!!
すぐに奴等の足元に辞表叩きつけてやりますよ!!(省吾繋がり)

管理人

……て、すぐには無理だなぁ、色々と……

ただね、別にそれは毎日ゴロゴロダラダラと怠惰に過ごしたい。楽(らく)したい。働きたくなーい。なーんもしたくなーい。
とか、そういう訳ではないんです。

実際、今やってる仕事もハマるところにハマると楽しいし続けられるし何なら次持ってこーい!みたいな妙なノリになる時もあります。ただ、そういった瞬間に出会う機会が年を追う毎にだんだんと少なくなってきてるというか、自分の裁量で動ける部分がどんどん無くなりつつあると感じるのです。
本来、年齢を重ねてそれなりの役職を得れば、そのポジションに応じた裁量権が与えられ、ある程度自分のしたいように出来る幅が増えてくるものだと思っていたんですが、現実は必ずしもそうではありませんでした。確かに、裁量権は上がるのかもしれませんが、それと同時に果たすべき「責任」というのも増えるんです。そして大抵の場合「責任」の方がグンと増える割合が高い。結果、その責任を遂行するために結局はあれやこれやと縛られてがんじがらめになってしまうのです。

自分は「ここ」に集中したいのに、外部からはアレをやれ、これをしなさい、やれ今度はこっちだと、様々な干渉がひっきり無しに来て集中が乱れてしまう場面が往々にしてあります。しかもそれは上司からだけではなく、あろうことか部下からも次々と(表現こそ違えども)突き上げを食らうのです。

若かりし頃は、働くってのは会社という枠組みの中で目の前にある業務をQCDを意識しつついかにそれを捌くかぐらいに捉えていたし、実際周囲も皆同じように働いていたので特に疑問にも思わなかったのですが、この年になって色々と視座が変わってくると「それが唯一絶対の働き方じゃないよなぁ……」という思いがどんどん強まってきます。とりわけここ数年は、常日頃周囲から求められる物事に対して疑念が湧くばかりで、この年末年始休暇中にも答えを求めるように働き方に関する書籍を何冊か読んだりもしました。それらの本でも、やはり昨今の働き方の多様性については色々と語られており、加えて現代はネットの普及により昔と比較してもそういった新しい自由な働き方を実現出来る可能性が圧倒的に拡がっている、とも。

や、もう頭では分かっているんですけどね、実際には……。
ただ、やはり長い長い時間をかけて延々と受けてきた洗脳を解くのには、なかなか一筋縄ではいかないようで……。

と、何やら年末の挨拶と被るような内容になって来ましたな。
今はまだ、連休終了を目前にただ現実逃避をしているアラフィフ男の単なる戯言と寛容に受け止めて頂ければと。

ではまた。

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